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一休世界遺産旅行

京都観光 天竜寺【一休さんのシニア情報】

京都天竜寺と一休さん

京都世界遺産の天龍寺は、京都の観光地・嵐山の、渡月橋を渡って北へ向かう観光客で賑やかな通りにあります。

嵐山・亀山を借景に緑豊かな境内が広がる。

観光名所の渡月橋や天龍寺北側の亀山公園なども、かつては天龍寺の境内地であったということです。

 天龍寺の開基は足利尊氏で、暦応2年8月、後醍醐天皇が崩御したが、その菩提を弔うため、光厳上皇の院宣を受けて開創されることになりました。

そんな室町時代の禅宗のお寺です。

このお寺は、私の住む京田辺にある一休寺と大変関係があり、

一休和尚は、田辺から天竜寺に通ったということです。

足利将軍と一休さんとのやり取りが

有名な「一休さんのとんち話」として伝わっています。

一休さん(いっきゅうさん)は臨済宗の禅僧一休宗純の愛称

屏風の虎退治
足利義満が一休に出した問題の一つ。 「屏風絵の虎が夜な夜な屏風を抜け出して暴れるので退治して欲しい」と義満が訴えたところ、一休は「では捕まえますから虎を屏風絵から出して下さい」と切り返し、義満を感服させた。


このはし渡るべからず
桔梗屋が一休に出した問題の一つ。 店の前の橋を一休さんが渡ろうとすると、「このはしわたるべからず(『この橋を渡るな』の意)」と書いてある。しかし一休は橋の真ん中を堂々と渡ってしまう。「この端(はし)渡るべからず」と切り返したわけである。

このようなとんち話として、天竜寺と一休寺は深い関係を持っています。

一休さんは、天皇の隠し子といわれ、また権力に反抗した坊さんのようで、

だから当時の将軍をやつける[とんち話]が残っているんですね

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