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一休京都観光穴場情報

京都観光 かに満寺【一休さんのシニア情報】

京都観光隠れ寺 山城蟹満寺のなぞ

京都観光隠れ寺 山城蟹満寺は渡来人の影響があると、前回自己流解釈をしましたが、仏を見上げていると、私の町にある十一面観音などのように控えめで慈悲に満ちた仏より、はっきり何かを主張する東南アジア型の仏を感じます。
蟹満寺2.jpg
「蟹満寺は謎の多い寺です。例えば本尊釈迦如来像、都から離れたこの地に何故これだけ大きい立派な仏様が祀られているのでしょうか。

奈良の都から運んだ説や山城国分寺の像を移転した説などがありましたが、先年の境内発掘調査で何と90尺×60尺の白鳳時代と思われる大きなお堂らしい建物の基壇が出てきました。

その建物の位置は、今の本堂の位置を一番奥として、前と左右に広がっています。ということはその建物で仏様が祀られていたとすれば、現在本尊様のお祀りされている位置とピタリと一致することになります。

また今の寺を取り囲むように2.5町×3町の広い回廊跡が出ています。このような結果からすると、この本尊様はこの地にあった大寺院の本尊様として、最初からこの位置にお祀りされていたと考えるのが自然でしょう。

ところでこの本尊様と常に比較されるのが、これも制作年代に二説ある奈良の薬師寺本尊ですが、鋳造技法上、蟹満寺の本尊様のほうが少し古いということが判っていますから、蟹満寺の発掘調査の結果は、薬師寺本尊の制作年代の議論にまで影響を与えています。

 ますます謎が深まってきます。誰が何の目的でこの地にそんな大寺院を建てたのでしょうか。これまた歴史マニアの興味を惹かれるところです。」(http://www.anraku.or.jp/jiin7.htmより引用)

このなぞめいた文章は、いよいよ日本的解釈以外の何かを感じさせるのです。

日本人の考える目的と違った祈りがあるとも思えるのです。

要するのどこから改築されたのでなく、初めからこの場所にお寺はあった、

ではどうしてこんな訪ねにくい場所に何の目的でと疑問が続くのでしょう。

そのなぞは、あなた自身がご覧になってお答えください。

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