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京都 伏見城下町と酒【一休さんのシニア情報】

京都の清水が伏見(ふしみ)の酒を守る

伏見(ふしみ)桃山地域の町は

昔から受け継がれてきましたが、実は一躍脚光を浴びるようになったのは安土桃山時代、豊臣秀吉が天下統一を果たした頃からです。

秀吉の伏見(ふしみ)城築城とともに、その城下町として伏見(ふしみ)の町も繁栄してゆき当時経済の中心であった大坂や堺の町に並ぶ大都市となったのです。

さらに江戸時代になると、伏見(ふしみ)は酒や米の運搬、人々の交通手段にも利用されていた“三十石船”が登場してから、その利用者たちの口伝えで伏見(ふしみ)の酒はさらに広まりました。

しかし「鳥羽・伏見(ふしみ)の戦い」の余波も受け、酒蔵のほとんどが消失してしまいます。

それから、伏見(ふしみ)の酒が再び勢いを取り戻したのは明治の後期になってからでした。全国でも有数の酒どころとしてその名を知られるようになり、現在伏見(ふしみ)には20を超える酒蔵が残っています。

米が三十石積めることから、その名がついた『三十石船』、今でもこの舟に乗って伏見(ふしみ)の名所を巡ることが出来ます。


この伏見(ふしみ)の酒の神さんで、水を守っている神社が「御香宮」さんのお祭は、酒造りの若い衆が神輿かついで、にぎやかなことです。

学生時代、アルバイトで太鼓のふれをしましたが、とにかく重く、またその日は雨で20歳そこそこでしたがくたくたになって、お酒もたくさん飲んだのですが、酔いより寒さのほうがこたえて、ぶるぶる震えていたことを思い出しました。

どうでもいいことですが、このお宮さんで私は結婚式を挙げました。
宮司さんの息子が、私たちの仲間で便宜を図ってくれたおかげでした。

だからとにかく縁があり、毎年正月に、初詣に参ります
そして清水をいただき、お雑煮を炊いてお祝いをしています。



この神社の清水は、毎日沢山の人が汲みに来て「名水」の証明も今なお保ち続けています。

この界隈の京都は、宇治川から淀川へ、京都と大阪を結ぶ独特の京都です。
寺田屋の女将が出てきそうな、そんな雰囲気の狭いろうじがある界隈で、とても好きな界隈です。

今日と祇園付近からこの界隈に来ると、えっと思う京都があります


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